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大分前に読んだきりだったので、新訳を取り寄せてみました。落語口調のべらんめえなペテルブルグです。というのも原文の言葉遊びなど生かしているらしく。

何故再読したかと言うと、ロシアのアニメーション作家ユーリ・ノルシュタインがライフワークのようにこの作品に取り組んでいると聞かされ興味を持ったからですが、この方は、『外套』は怖い、と言っているんです。前に読んだときは、念願の外套を手にした矢先に強奪され、当局に訴えても叱り飛ばされ病死する主人公が憐れだったけれども、始めから怖さを探して読むと、印象が違う。

主人公は名前からしていい加減につけられ、見た目もダメ、仕事はオタク的。寒すぎて外套を新調する羽目になり、長年の貯金と節約でその代金を支払います。この外套を得ることが彼を生き生きとさせたにもかかわらず、なんと強盗の被害に。

強盗にあった理由も、勤め先のお偉方が彼の外套にかこつけたパーティーを開き、彼が帰りに人気のない通りを歩いたため、つまり、その外出を無理やりさせた人達もいるわけです。けれど誰もそういう責任はとってくれないし、訴え出ても捜査もしてくれない。
彼は外套をなくし、寒空を絶望的な気分でさまよううちに、体が持たなくなって、夢でうなされながら死んでしまう。しかも役所は出勤するように命令、使いが行って見て、死んでましたと報告するなど、扱いが最後までひどい。

その後出て来る幽霊は彼ということになっているけれど、幽霊は本当はいなくて、彼を無視し、訴えを無視した人々の良心の呵責が幻影を見せたのではないかと思いました。しかしながら、そのことそのものを誰一人意識していないようです。だから結局は反省も薄い。そんなエンディング。

さあそれで、何がどう恐ろしいのかはわかりませんが、ちょっと感じたのは、落語調だけど少しも笑えないことです。

主人公は、必要にかられて得た外套に人生が集約されるほどちっちゃい人だったし、その彼は社会にとって殆ど無価値な歯車でしかありません。でもそのような悲惨な人物は彼だけだったか?
といえば、この町はそのようなことは日常的らしいと匂わせる部分があるわけで。

つまり、本来はほかに自分を笑顔にさせるものを持ちえている人を、あるときたった一着の外套に執着させ、その物質的な喪失があっさりと彼を葬る。読後に残った印象というのは、そういう《おち》へと追い込んでいく何かがそのまま告発も言及もされず終わる、理不尽で乾いた寒々しさです。

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