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福岡県立美術館で開催される九州のローカルな美術を紹介するシリーズのひとつ、「江上茂雄 風ノ影、絵ノ奥ノ光」展の作品を、偶然に前もって覗くことができたので、ちょっとだけ感想を。

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江上氏は1912年、福岡県山門郡瀬高町(現 みやま市)に生まれ大牟田に育ち、15歳で三井三池鉱業所に入社し45年を勤め上げた、「日曜画家」である。才能があったにもかかわらず進学を断念したのは、父親が亡くなって、長男である茂雄が一家を養わねばならなくなったからで、その後も多いときは7人の家族を養いながら、水彩とクレパスを駆使して膨大な数の作品を創作した。クレパスは、当時経済的に手の出なかった油彩の代用として使っているが、その表現は油彩にはできない独特のものになっている。しかもこのあと木版画をせっせと制作し、やがてまた水彩に多くのエネルギーを費やすようになる。水彩は総点数8500を数え、そしてその大半の作品にはタイトルがついていない。

実際に作品を見ると、どれだけ大胆にツールをふるっていてもデッサンが狂うことがなく、色使いも丁寧で、植物に至ってはそれぞれの種類を簡単に特定できるくらい、緻密。けれどもいくつか見たどの作品も決して装飾的ではなくて、悪く言えば精彩を欠く。例えばうっそうとした木々が池に枝を伸ばす夏の水辺を描きながら、『夏池』はそこに一切の生き物の気配が感じられず、青空と雲が水面に映し出されているのに、夏の九州にはあるはずのむっとする空気感もない。光はなにかレトロな効果を出すフィルターを通したかのように穏やかな黄色を帯び、影は雪に映るそれのように青ずんでいる。

展覧会会期中にはさまざまな関連企画があって、中には詩の朗読会もある(10月26日)らしいが、絵を眺めながらふっと感じたのは、『マクベス』第4幕1場、予言を求めて訪ねてきたマクベスに「何をしているのか」と聞かれて3人の魔女が言う、「名前のない行為さ(A deed without a name)」という台詞だった。勿論魔女達は劇中では、立派な武将を堕落させて喜び、このときもいかがわしい呪術を行っているのだけど、17世紀当時のイングランドで魔女や浮浪者と呼ばれたのは、さまざまな事情で社会の辺境にはじき出されたごく普通の人々でもあった。ここに、荒っぽい炭鉱夫に混じって暮らしながら、自分は事務職であり、飲酒もしない江上氏の孤立感を引き合いに出すのはかなり無理があるとは承知の上で、それでも、飲酒しないことに後ろめたさを感じざるを得なかった当時の生活空間を考えてみると、「自然は、おんなじ。人間は身分や学歴とかで差別するけど、自然は同じだと」という画家の言葉には、描いた風景にしろ自然にしろ、リアルな生命力を認めつつも、――実際に描くのはかすかな風の動きであったり、雪の質感であったりし――強烈なものは敢えて画面から締め出そうとした理由が見える気がする。つまり、それらの絵は、装飾ではなく、訴えるものでもなく、自分にとってあくまでもやさしい大切な存在を、かくまう行為の結果だったのではないか。日々の創作は、才能がありながら次の段階への道を閉ざされた15歳の心のまま、まるで野良猫を拾ってどうにか1人で育てようとするように、自身にその行為を義務として課して続けていた。絵はいくら出来ても、自分の内なる友なのだから誰にも見せるつもりはない。だが大事な存在であるがゆえに、絵として高いレベルを維持しなければ損なわれる。
私は、画家が絵の中の風景にこういって聞かせているところを想像する。「しーっ、大人しくしないといけない。エネルギーを溢れ出させてはいけない

油彩をしたかったができず、社宅の狭い板張りにしゃがみこんで創作に励んだ、とだけ聞けば、ルサンチマンが持ち出されるのもうなずける。ただ、今101歳を迎えた江上氏にとって、絵をもてはやされることは本当はどう感じるのだろうか。
「そういうものだから」「そう決めたから」淡々とした画家の受け答えは、三池の盛衰と争議と公害、今はまた世界遺産登録候補となった地域の100年を見てきた人の言葉である。この人の絵から学ぶことは、このような言葉を伴って始めて見えてくると思う。そうして、この控えめな名もない行為にしみついたルサンチマンがドラマティックに変容するのは、デッサンの、主題の選び方の、画材を駆使するテクニックの経験として、こうも長い年月にわたって積み重なったあと、見る目と聞く耳を持つ人々に接したときだ。

「江上茂雄 風ノ影、絵ノ奥ノ光」展 @福岡県立美術館 http://fukuoka-kenbi.jp
10月5日~11月10日
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